2008年8月25日
チーフエコノミスト 杉浦哲郎
エコノミスト稼業をやっているせいか、「少子高齢化の影響」というと、すぐに経済的な文脈で捉える癖がついてしまっている。
例えば、少子高齢化に伴って労働力が減少すると、生産性上昇率が高まらなければ、現在1.5%程度と目される日本経済の潜在成長率はさらに低下し、これまで経験したこともない様々な深刻な問題が生じるだろうと、心配になる。実際、総務省「労働力調査」によれば、生産年齢人口(15−64歳人口)は、1997年の8699万人をピークに、2007年までの10年間で387万人(4.4%)減少しているし、国立社会保障・人口問題研究所の推計(2006年、中位推計)によれば、同人口は今後10年間で766万人、その後10年間で562万人というペースで減り続けるという。当研究所の分析によれば、その結果、少子化対策や高齢者・女性の就労促進、外国人労働者の受け入れ、生産性向上など、考えられる様々な成長率引き上げ策の効果を最大限見込んだとしても、潜在成長率は2040年にはマイナスに転じる可能性があるという(草場洋方「わが国潜在GDPの長期推計〜経済活性化策の効果の検証、現下経済へのインプリケーションを交えて〜」みずほ総研論集2007年III号、2007年7月)。
また、いうまでもなく、少子高齢化によって年金や医療、介護等の社会保障制度には大きな負荷がかかる。政府の社会保障国民会議が公表した試算(「公的年金制度に関する定量的なシミュレーション結果」2008年5月)によれば、現行制度を維持した場合、2009年度に19兆円と見込まれる基礎年金給付費は、2050年度には56兆円まで増大するという。この試算は、実質GDP成長率を年率1%前後と仮定したものであり、上述のように成長率がマイナスに転じれば、インフレ率等を一定としても、さらなるファンディング(=国民負担)が必要になる。
一方で、少子高齢化は消費市場を支える原動力となりつつある。総務省「家計調査」によって、2002年から2007年にかけての世帯主年齢別家計収支を比較すると、以下のような変化が認められる。
これらの数字をみると、高齢者層の支出活動が一段と活発化し、消費を牽引する大きなパワーとなりつつあることがよく分かる。高齢者ニーズへの適切な対応なくして消費市場での成功は覚束ないと言っても、過言ではない。
しかし最近、後期高齢者医療制度に対する批判の高まりなどをみていると、少子高齢化の進展が、経済だけでなく、政治過程や政策のありようを大きく変えていることを痛感する。
まず、有権者に占める高齢者(65歳以上)の比率は、1980年の13.1%から2005年の25.2%へ、約2倍に上昇している。次に年齢層別投票率を、2005年衆議院選挙におけるサンプル調査によってみると、20代、30代の若年層は54%にとどまっていたのに対し、高齢層74%(65歳以上79歳に限ると81%)という高さだったことが分かる(財団法人明るい選挙推進協会による)。両者のデータを重ね合わせると、政治過程における高齢者の影響力は、この四半世紀の間に、若年層を上回るに至ったと推測される(有権者比率×投票率で比較)。つまり、日本は高齢者主権時代へ移りつつあると言っても過言ではない。
そのような高齢者層の政治パワーを明確に示したのが、後期高齢者医療制度を巡る政策の揺らぎではなかったかと思われる。そもそも同制度は、少子高齢化の進展に伴い増大する医療コストを、減り続ける若年層など現役世代だけでなく、負担能力を有する高齢者自身によっても分担してもらうべく構築された制度だった。実際、高齢者医療に対する拠出金の増大によって、健康保険組合運営の困難化や、現役被保険者の負担増大が続いていた。
しかし、年金への課税や想定以上の負担に対する批判が強まり、政府は制度の見直しに追い込まれかねない状況となっている。それは、選挙を控え、増大する高齢者パワーを前に、彼等の利害に反する政策は、たとえそれが将来世代にわたり持続可能な社会保障制度を構築するものであるとしても、実現することが政治的に難しくなっていることを示しているのかもしれない。
今年の経済財政白書にあった、社会保障の給付と負担のあり方に対する選好を問うたアンケート調査の結果が興味深い。
全体では、「給付削減・負担維持」支持者が48%と、「給付維持・負担上昇」支持者24%を大きく上回っており、できるだけ負担を増やしたくないとする国民の選好が読み取れる。しかし、回答者の年齢が上昇すると、「給付維持・負担上昇」支持が高まり、「給付削減・負担維持」支持が減少している。つまり高齢者ほど、自らの給付を維持するためには、現役世代の負担が増えることはやむを得ない、との考えが強まることを示している。
このような結果は、個人レベルに下りれば、理解できないことではない。誰かが負担してくれるのであれば、自分が受ける給付を維持したいと考えるのは自然であろう。しかし問題は、将来の日本を担う若年層に過度の負担を強いる政策や制度に対して、若年層が「ノー」と言えない政治情勢が、少子高齢化進展の結果、生まれているということである。
民主主義である以上、政治は選挙によって示された民意を尊重すべきことは言うまでもない。しかし、そこに一方的なバイアスが加わらないように、制度設計やその運営にはきめ細かな注意が払われるべきである。例えば、若年層の投票率を引き上げる工夫や、投票年齢の18歳への引き下げなどが検討されてもよい。また社会保障財政に関していえば、高所得高齢者への給付削減・負担増など、高齢者世代内の所得移転によって、若年層への過度の負担を和らげることも必要だろう。いずれにしても、世代間格差に十分留意した政策、制度の構築が望まれる。