2008年6月30日
チーフエコノミスト 中島厚志
原油価格のみならず鉱物資源や穀物相場などの価格も高騰している中で、世界的に、インフレが高まりつつある一方、景気が減速している。成長著しいアジア諸国でも変調が見られており、ベトナムでは消費者物価上昇率が急騰して前年比25%に達する状況となっているし、輸出立国の韓国でも貿易収支は赤字に転落している。
日本でも、企業物価上昇率は第二次石油ショック以来28年ぶりの水準になってしまったし、消費者物価も、消費税が上がったことによる影響があった92年を除くと、14年半ぶりの上昇率となった。一方で、景気は減速しており、程度は未だ違うとはいえ、日本経済の現状は過去の石油ショック時に生じたスタグフレーション的な方向にある。
第一次石油ショック後の先進国経済を振り返ってみると、スタグフレーションに対してはインフレ防止とマネーサプライの抑制が有効との見方が定着したが、背景には石油ショック時に景気刺激策を採用しても失業が減少せず、物価だけが一層上昇してしまったことがある。また、マネーサプライの伸びを抑えた国ほど良好な経済パフォーマンスが維持されたことも背景である。その上で、石油ショックを克服して日本経済の成長力が回復したのは、企業の生産性向上や省エネ努力などが、原油価格高に強い企業体質を作り、家計の実質所得の目減りを防いで個人消費を下支えしたことにある。
今回も、原油・資源価格高の中でインフレや企業業績の停滞が生じており、抜け出すには政府の適切な経済政策と企業の生産性向上が不可欠なことに変わりはない。特に、日本は市場メカニズムを生かして原油・資源価格高を克服した大きな経験を有している。2度の石油ショックを契機として、省エネが大きく進展し、日本の産業構造が重厚長大型から軽薄短小型に変化した経験である。それは、結果としては企業に大きな国際競争力をもたらし、日本経済に成長をもたらした。足元の原油・資源価格高は当面続くとの見通しが一般的であることから言えば、歯を食いしばってでも世界的な物価高に順応し、それを企業の工夫と努力で克服していくことが重要である。
もっとも、足元の状況はかつての石油ショックと異なるところもある。それは、今回の価格高騰が原油のみならず鉱物資源や穀物など多岐にわたっている点である。したがって、原油高対応に加えて、資源価格高騰に対応した省資源と効率的な資源の活用、穀物価格高騰に対応した食糧資源の確保と食料自給率の向上、そして豊かな食生活をより効率的な食糧消費で続けられるような知恵や工夫も必要である。
たとえば、食品廃棄物は毎年お米の年間消費量の約2倍の約2000万トンもある。したがって、科学的見地にもとづいた賞味期限の見直しや、配送方法などの見直しで廃棄量を減らす工夫は従来以上に積極的に凝らす必要がある。消費者の利便性等はやや落ちる面も生じようが、節約意識や生活防衛意識が高まっている今こそ消費者に受け入れられる好機である。また、食糧の地産地消が進めば、省エネ、環境対策や食糧自給率向上にも寄与し、一石何鳥でもあろう。フランスのマルシェ(市場)の多くのような形、すなわち町の広場を利用して非常設の朝市的な形で農産物の直売も広げていけば、地産地消には役立つし、流通コストが省ける分安く販売もできる。
一方、今回ほどの全面的な資源価格の高騰は、新たな時代を到来させる可能性も増大させている。たとえば、太陽光発電や風力発電などの代替エネルギーは原油価格が上昇したことで実用化に弾みがついてきた。自動車でのハイブリット車の開発しかりである。そうであれば、今回の価格高騰も、やがて大きなエネルギー革命や産業構造の変化をもたらす可能性を見ておかねばならない。
特に、代替エネルギー開発では、非従来型の天然エネルギー資源開発が活発化することも注目される。たとえば、1バレル40〜50ドルを超えたことで、いままでコスト高で採算に合わなかったオイルサンドが商業化されつつある。そして、1バレル100ドルを超える状況となると、深海のメタンハイドレート(水分子の中にメタン分子が入っている氷状の固体結晶で、良質の天然ガス資源)も採算に乗ってくる。
新たな時代の到来は産業構造の変化という形でも訪れよう。特に、先進国の産業構造は一層製造業から非製造業にシフトする方向で変化しよう。とりわけ、資源を有さない先進国にとって経済や産業の生き残りを図り、豊かな生活水準を維持していくには、製造業で省エネ・省資源や技術革新を進めることに加えて、天然資源とエネルギーを相対的に消費しない非製造業での付加価値を上げていくしかない。すなわち、現在以上に知財の価値が高まり、経済は一層サービス化と付加価値の高い金融ビジネスのウエイトを高めていくことになろう。
言うまでもなく、大きなエネルギー革命や産業構造の一段の変化をもたらすエネルギー・資源価格高騰は日本の経済産業にも大きな影響を及ぼす。それは、一段と省エネ・省資源を進める方向や企業の生産性向上に動くことであり、知財大国に向けて動くことである。また、その排他的経済水域に世界最大規模のメタンハイドレートがある日本としては、海底資源開発を加速させることでもある。
もっとも、難点もある。なにより、足元、家計の所得が伸びず、値上げへの抵抗感も強いため、物価上昇は限定的であり、企業の価格転嫁も十分とは言えない面がある。もちろん、世界的に物価が高騰している中で、物価が安定していることは好ましい。しかし、高いものが高くなければ、その分危機バネも効きにくい。当然、先進国間での新たな産業構造を目指した競争に出遅れかねないし、対応が遅れる間は企業、家計ともさらに疲弊していく。
一刻も早くエネルギー・資源価格高に対応することが、将来の日本経済の成長や国民の豊かさ維持、そして国のエネルギー・食糧安全保障にもつながる。なにより、省エネ・省資源・効率的な食糧に向けた対応が進んで新たな技術が開発され、経済・産業構造も変化することとなれば、世界のエネルギー・資源問題のみならず環境問題や食糧問題までも解決する鍵を日本が提示することにもなる。さらに、膨大な量があるメタンハイドレートの開発が進めば、日本が石油価格のバーゲニングパワーを持つ立場になる可能性すら否定できない。
現在、日本経済にとって厳しい局面が訪れつつあるが、それは大チャンスにつながる局面でもある。政府・企業には、早急に原油・資源高を取り込み、高いものは高い状況の中で、市場メカニズムの活用、すなわち資源配分の効率化によって新たな時代を開くことが求められている。